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ITなどの雑記

ネットワークの物理層に関する5つの興味深いエピソード

コンピュータネットワークの第2章は物理層についての章でした。読み終えたので感想でも書こうと思います。 この章は難解なので自分が楽しめたのは精々物理層に纏わる様々な歴史上のエピソードのみでした。いくつか紹介してみようと思います。

コンピュータネットワーク 第5版

コンピュータネットワーク 第5版

  • 作者: アンドリュー・S・タネンバウム,デイビッド・J・ウエザロール,水野忠則,相田仁,東野輝夫,太田賢,西垣正勝,渡辺尚
  • 出版社/メーカー: 日経BP
  • 発売日: 2013/09/12
  • メディア: 単行本
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エピソード1:警察無線がキャデラックのABSの誤動作の原因になった

1970年代にGeneralMotorsはすべての新しいキャデラックにコンピュータ制御のアンチロック・ブレーキを装備することにした。 (中略) ある晴れた日に,オハイオ州のハイウェイ警察官が,本署を呼び出すために,新しい自動車無線機を使い始めると,隣にいたキャデラックが突然,暴れ馬のようになりだした。 (中略) キャデラックはときどき凶暴になる。ただしオハイオ州の主なハイウェイ上で,しかもハイウェイ・パトロールが見ているときに限ってである。 (中略) キャデラックの配線がオハイオ州ハイウェイ・パトロールの新しい無線システムが使っている周波数にとって格好のアンテナとなることを発見した。

この本以外のソースが見つからなかったが、本書によると、特定の周波数を使う警察無線がABS回路に影響を与えていたらしい。

少し粘ってネットを検索してみると、車好きのコミュニティっぽいサイトで学生が本書のこの内容を取り上げたスレッドを発見した(が特にこの件に関して結論は出ていない)。周りの人間は懐疑的だが、私も本書のこのストーリに驚かされた。

www.pakwheels.com

日本でも赤外線リモコンが干渉を起こして火事の恐れがある、として電気ストーブの販売規制がかかったことは記憶に新しいと思う

www.nite.go.jp

本書のこのエピソードの驚くべき点は赤外線リモコンのように同じ種類の媒体同士(無線 & 無線)の干渉事故ではなく、有線(ABS) & 無線(警察無線)の干渉である点だと思う。

エピソード2:建物間で照射し合うレーザー光線を利用した通信システムが実現化されていた

筆者の一人(タネンバウム)はかつて欧州の近代的なホテルで,退屈なセッションの間,参加者が電子メールを読むことができるように,会議の主催者たちが端末をいっぱいに設置した部屋を用意した会議に参加したことがある。地元のPTTは3日間だけのために多数の電話回線を設置するのを望まなかったため,主催者は屋根にレーザーを置いて数km先の彼らの大学のコンピュータ科学の建物を狙った。

「2.3.5 光伝送」より抜粋

この話には悲しいオチがあって、昼間の太陽に暖められた対流によってレーザーの軌道が変わって、昼間だけネットが繋がらないという結果に終わったそうだ。

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レーザー通信で発生した障害

しかしそこまでして会議中にメール読みたいのかよwwwと思ったけど、レーザー光線やLEDを使った2転換通信を行う発送はそこまでぶっ飛んだものでもなく、それ用の道具は普通に売ってるようだ。

www.airlinx.com

また電子工作でレーザー光線を使った通信を電子工作で実現したブログエントリがあった。

Homemade 10 Mbit/s Laser / optical Ethernet transceiver – Linux, Games, Programming and some random science stuff

技術ある人すごい

エピソード3:静止衛星の基礎原理は技術的に実現が難しかった時代にSF作家が考案した。

1945年に,サイエンス・フィクション作家ArthurC.Clarkeは高度3万5800kmの円軌道の衛星は空で動かないように見え,追跡する必要がないことを計算した(Clarke,1945)。彼は,さらにこれらの(人工)静止衛星(geostationary satellites)を使った通信システムの全容を,軌道,太陽電池パネル,無線周波数,打ち上げ手順を含めて記述した。残念ながら彼は,電力を要し,壊れやすい真空管増幅器を軌道に乗せることは非現実的であると結論付け,いくつかのサイエンス・フィクションは書いたものの,それ以上このアイデアを推進しなかった。 トランジスタの発明はすべてを変え,最初の通信衛星であるテルスター(Telstar)が1962年7月に打ち上げられた。

「2.4.1静止衛星」より抜粋

などなど、この辺は読んでてロマンが溢れる節でしたね。

常識っちゃ常識ですが人工衛星に限らずトランジスタ真空管に取って代わってコンピュータの進歩を大きく飛躍させていますね。

エピソード4:低軌道衛星のバブルは携帯電話の普及によって弾けた

1990年にMotorolaFCCに対して77個の低軌道衛星を打ち上げるイリジウムIridium)・プロジェクト(原子番号77の元素はイリジウム)の許可を申請して新天地を開拓した。後になって計画は66個の衛星を用いるように変更され,したがってジスプロシウム(原子番号66)と改名されるべきであったが,病名のように聞こえたのであろう。 7年間,協力者や資金調達をつぎはぎした結果,1998年11月に通信サービスが開始された。しかし不幸なことに1990年以降,携帯電話ネットワークが目覚ましく発達したため,大きくて重い衛星電話に対する商業需要はほとんどなかった。その結果,イリジウムは利益を上げることができず,1999年8月に破産へと追い込まれ,歴史上最も劇的な大失敗企業の一つとなっている。

「2.4.3 低軌道衛星」より抜粋

約200万分の1の価値に暴落したようです。

いる。衛星その他の資産(50億ドルの価値)は,その後,地球大気圏外ガレージセールのようにして投資家に2千5百万ドルで買われた。

衛星電話は携帯電話ほどではありませんが、結構お安く運用することができます。

www.kddi.com

これはインフラ構築が難しい場所(離島、船上、災害地)などで有用という大きなメリットがあります。

エピソード5:通信インフラに使われている銅がAT&Tの資産価値の80%を占めていた時代があった

ある時点では,AT&Tの資産価値の80%はローカル・ループの銅であった。その時点ではAT&Tは事実上,世界最大の銅鉱山であった。幸いなことにこの事実は投機筋にはあまり良く知られていなかった。もし知られていたら,ある企業侵略者がAT&Tを買収して米国のすべての電話サービスを打ち切り,電線を外して銅の精錬業者に売却して投資を回収したかもしれない。

「2.6.1 電話システムの構造」より抜粋

ある時点でAT&Tを買収してインフラの銅を全て売ればお釣りが帰ってきそうな記述ですが、特にソースがないので本当の話なのかは不明。

WEB上での議論を引用すると、

The point is to put the value of that copper (and the cost of replacing it in the event that it is damaged) into perspective.

Highly relevant quote: *At one time, 80% of AT&T's capital value was the copper... | Hacker News

とあるので、インフラを再構築するための費用として計上するなら...という意味なのかもしれない。

2章(物理層)全体の感想

この章は私のようなソフトウェアエンジニア向けの章というより、インフラエンジニアやネットワークハードウェアを研究開発する人が身につける基礎的な知識、という印象を持ちました。*1

技術パートはアナログ - デジタル変換的な話やフーリエ変換と信号処理、物理層の媒体となる素材(ガラス、銅) や電波(長波,短波)や光線(可視光線、赤外線)等の特性などについての解説が延々と続きました。

本章に掲載されている計算などは一応、情報系の学部なのでなんとなく耳にしている概念はありましたが、多くは初見のものであり、理解できないものが多かったです。

自作ネットワークプロトコルの作成などを考えている人がいるならこの辺は理解しておく必要がありそうです。

*1:このタイプのエンジニアもいるので、単なるソフトウェアエンジニアというべき文脈でエンジニアと記述する最近の風潮はあまり好きではありません。